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as the days go by _sekihan_

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永田耕衣

一歩在り百歩に到る桜かな

集では掲句の前に、「一歩をば痛感したり芹なずな」があります。春がやって来た実感です。今、「やって来た」と書きましたが、春はやって来るものであると同時に、こちらから一歩近づいていかなければ訪れるものではないという、当たり前の真実に気づかされます。若い頃なら、これを実存というのだななどと観念的に片づけていました。しかし、「痛感」という言葉は、身に起こる切実な情ですから、「芹なずな」に同化するほどの強い思い寄せがあります。掲句では、「一歩」 から出発して「百歩」に到っています。満開の花の盛りは、じつは、桜の側にあると同時に、見る側が作り出すのだという教訓を得ます。花見は座って見るばかりでなく、歩いて歩いて歩き尽くしてこそ、花が盛る、そんな、花と人との双方向的な対峙を教わりました。このおじいちゃんは、やはり、桜に対しても貪欲でした。『永田耕衣五百句』(1999)所収。(小笠原高志)






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  March 282015

対馬康子

春の雲けもののかたちして笑う

れを書いている今日は朝からぼんやりと春らしいが、空は霞んで形のある雲は見当たらない。雲は、春まだ浅い頃はくっきりとした二月の青空にまさに水蒸気のかたまりらしい白を光らせているが、やがていわゆる春の雲になってくる。ゆっくり形を変える雲を目で追いながらぼーっとするというのはこの上なく贅沢な時間だが、この句にはどこか淋しさを感じてしまう。それは、雲が笑っているかのように感じる作者の心の中にある漠とした淋しさであり、読み手である自分自身の淋しさでもあるのだろう。他に<逃水も死もまたゆがみたる円周 ><火のごとく抱かれよ花のごとくにも  >。『竟鳴』(2014)所収。(今井肖子)



March 272015

坊城俊樹

黄鳥をあえかな朝に啼かせをり

鳥は黄色の鳥でコウライウグイスの別名、一般的には鶯のこと。「浮気うぐいす梅をばじらしわざと隣の桃に咲く」古い都々逸ではないがどこか色気を感じる鳥である。そんな鶯が鳴いて、かよわくもなよなよとした気持ちで朝を迎える。昨夜の猛ったもろもろの残滓を抱いて、もう暫くと朝寝を楽しむ。誰にでもある青春への慕情。あの頃へ戻りたい、でも戻れない。句日誌の如くに<ももいろの舌が嘘つく春の朝><ゴールデン街より電線の秋の空><嘘も厭さよならも厭ひぐらしも>など青き円熟の四半世紀を振り返る。『坊城俊樹句集』(2014)所収。(藤嶋 務)


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