

東京地方、こんなに寒い冬も久しぶり。暖房機器フル回転。(哲
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奥坂まや いつさいの音のはてなり雪ふるおと 今週月曜日の夜九時過ぎ位か、障子を開けると雪になっていた。雪の予報は出ていたのでやっぱりと思ったが、それにしても久しぶりに見る霏霏と降る雪だった。また大げさなと、忠栄様の母上に叱られそうだが、つぎつぎに落ちる雪に、つい口を開けて見とれてしまった。雨音が聞こえなくなると雪になっている、というのがふつうだけれど、降る雪を見ているといつも、雪を聞いている、という気分になる。その、おと、は確かに、耳に届く音ではなく、全身で感じる静かで賑やかな気配のようなものなのかもしれない。その夜の雪はすぐにまばらになり、それでも我が家のベランダには数センチ積もった。そして静かに眠ったまま、朝日に光りながら消えてしまった。『妣の国』(2011)所収。(今井肖子) ![]() ★どなたでも書き込めます★ ■右端をクリックしPasswordにtestと入れてSendを押す ■白ボードに本文と署名(必須)で35字迄 書いたらWriteを押す■書き込み数10以上は古い順に消えてゆきます SCRIPT by courtesy of jyaki
January 27 2012鍵和田釉子 今生に子は無し覗く寒牡丹 作者五十歳の作。子が無いという思いについての男と女の気持には違いがあるだろう。跡継ぎがいないとか自分の血脈が途絶えるとか、男は観念的な思いを抱くのに比して女性は自分が産める性なのにというところに帰着していくような気がする。そんな気がするだけで異性の思いについては確信はないが。同じ作者に「身のどこか子を欲りつづけ青葉風」。こちらは二十代後半の作。「身のどこか」という表現に自分の本能を意識しているところが感じられる。「覗く」はどうしてだろう。この動詞の必然性を作者はどう意図したのだろう。見事な寒牡丹を、自分の喪失感の空白に据えてやや距離を置いて見ている。そんな「覗く」だろうか。『自註現代俳句シリーズV期11鍵和田釉子集』(1989)所収。(今井 聖) 【お断り】作者名、正しくは「禾(のぎへん)」に「由」です。
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ただし、例えば切れ字の「かな」と「仮名文字」の意味の「かな」などとの識別はしていません。また漢字コードとの絡みで、入力した文字を含まない句が出てくる場合もあります。ご容赦を。 ■詩集『黄燐と投げ縄』(書肆山田) ■清水哲男句集『打つや太鼓』(書肆山田) ■清水哲男『「家族の俳句」歳時記』(主婦の友社) ■清水哲男『増殖する俳句歳時記』抄(ナナ・コーポレート) |